<議事録>
○公述人(中室牧子君) 本日は、公述をさせていただく機会を賜り、誠にありがとうございます。
経済財政運営に関して、中でもとりわけ人への投資の効果をどう高めるかという観点で、私の専門であります教育経済学の研究成果に基づいてお話をさせていただきます。
資料の一ページ目、こちらを御覧ください。
これは、二〇二〇年に経済学の最も権威ある国際学術誌の一つであるクオータリー・ジャーナル・オブ・エコノミクスに掲載された論文の図表であります。
これは、過去五十年間にアメリカで行われた百三十三の公共政策の費用対効果を算出したものです。縦軸に費用対効果、横軸に政策の対象となる個人の平均的な年齢を取ったグラフです。費用対効果の高い政策は左側の上部、すなわち政策の受益者の年齢が低いときに行われているものに集中していることが分かります。公共政策は当然、社会保障、職業訓練、現金給付など多岐にわたりますけれども、その中で最も費用対効果が高いのは子供の教育と健康への投資であるということになります。この論文では、子供の教育や健康への投資を行った政府の政策の多くは、子供が大人になった後の税収の増加や社会保障費の削減によって初期の支出を回収できていることも示されています。
しかし、子供の教育や健康について行われる支出であったとすればどのようなものでも費用対効果が高いというわけではありません。経済学では需要と供給の理論を用いて多くの経済現象を説明します。教育についても例外ではありません。
このため、私たちは、教育政策には教育の需要を喚起するような刺激策や再分配政策と教育の質を高めるような供給側への投資というものを分けて考えます。教育需要を喚起するような政策は当然、時として有効なこともあります。例えば、開発途上国で就学率が低い場合に、主に貧困世帯の子供たちの学費を無償化することによって就学率を一気に向上させたというような事例は枚挙にいとまがありません。
しかしながら、このような教育需要を喚起する目的で行われた再分配政策は、子供の学力や学歴に与える影響は一時的で、かつ費用対効果に優れないということを示す研究も少なくありません。今の日本においても、再分配政策が余りうまく機能していない可能性があります。
資料の、こちら三ページの方を御覧ください。
こちらは、兵庫県尼崎市から提供を受けた、市内の保育所に支払われる保育料の分布でございます。一番下にあります緑の分布は二〇〇〇年のもの、一番上の黄色が二〇一五年のものです。これを見ると、二〇〇〇年時点では保育料の利用料はゼロ円のところが最も高くなっているということが分かります。
保育所は、御承知のとおり、児童福祉施設の一つであり、保育料は応能負担となっていますから、二〇〇〇年の時点では経済的に苦しい御家庭における子供の養育を支援する福祉的な役割を担っていたということが分かります。しかし、二〇一五年になってみると、今度は最も保育料の高い家計が多くなっているということが分かります。これは、この十五年の間に保育所の役割が福祉から共働き世帯のサポートへと変化してきたということを意味します。
このような状況で一律に幼児教育の無償化が行われると何が起こるのでしょうか。
二〇一九年十月に開始された幼児教育無償化の支出の多くは高所得世帯への再分配となったと考えられます。同様のことは他の自治体でも生じており、例えば、東京大学の山口慎太郎教授らによれば、神奈川県横浜市では、世帯年収一千百三十万円以上の世帯が幼児教育無償化によって受けた恩恵は一年間で約五十二万円、一方、三百六十万円の世帯では十五万円程度であったということです。
このように世帯の経済状況を把握することなく一律の無償化を行えば、再分配の機能を果たし得ないことが分かります。我が国の財政状況が極めて厳しい中では、高所得世帯ほど手厚い再分配を受けるということは国民の理解を得られないものというふうに考えます。
一方、真に必要な人には十分な支援が行われているのかというと、この点にも疑問が残ります。
資料の、こちら四ページの方を御覧ください。
これは、私の研究室でNPO法人カタリバとともにコロナ禍における経済困窮家庭の小中高生を対象にした調査の結果です。これを見ると、経済困窮以外の問題を同時に抱える世帯が実に全体の四〇・二%に上っています。経済困窮に加えて、一九%が発達障害、七%に身体障害があり、一三%が不登校となっています。このように複数の問題が同時に生じると一気に困難な状況に陥ります。
例えばですが、一人親で経済的に困窮しているというのに、学齢の小さい子供が不登校になり学校に通わなくなってしまったら、親は昼間、子供を一人に置いたまま就労することは難しいでしょう。しかし、発達障害や身体障害は保健部局、不登校は教育委員会、経済困窮は福祉部局の担当であり、行政の縦割りによって保健、教育、福祉の所管横断的な情報共有が妨げられ、重層的な課題を抱える子供に対する支援が十分に行われているとは言えません。
この結果、私たちの分析では、この四ページで示されているとおりですけれども、複数の課題を抱えている世帯の子供というのは、経済困窮のみの世帯の子供と比較すると、学力や非認知能力、問題行動などの面において不利になっていることが分かります。そもそも経済困窮世帯の子供たちは、そうでない世帯の子供たちと比較すると様々な面で不利になっているにもかかわらず、それよりももっと不利になっているということが分かるわけです。
以上のようなことを踏まえますと、私たちは、高所得世帯ほど恩恵があるような再分配を行ったり、あるいは縦割り行政によって真に支援の必要な子供に対して十分な支援が行われていないというような状況を改めなければなりません。必要な人に必要なだけの支援を迅速に届けるということが必要です。
五ページの方を、こちら御覧ください。
このことを実現するために今アメリカで起こっている新たな動きが参考になります。ノーベル経済学賞の最右翼とみなされているハーバード大学のラージ・チェティらの研究グループ、オポチュニティーインサイツがCOVID―19の影響を計測することを目的に開発したエコノミックトラッカーという仕組みがあります。
これは、複数の民間企業から匿名化されたデータの提供を受け、個人消費、雇用、売上げなどに関する日次のデータを用いてリアルタイムに経済状況を把握することができるようになっています。これらを目的に応じて公的統計や行政記録と照合し、分析を行っています。
この皆さんに見ていただいております五ページの図表というのは、バイデン政権下で行われた現金給付の効果を明らかにするために行われた分析です。緑のグラフ、こちらはバイデン政権下で行われた一回目の現金給付の効果になっています。御承知のとおり、バイデン政権では三回にわたり現金給付が行われており、二〇二〇年三月にまず一回目、千二百ドルの支給を決定し、同年十二月に六百ドルの追加給付が決定しています。
チェティ教授らの研究グループは、クレジットカードの支出データを分析をして、この緑のラインで表されている一回目の給付が行われた直後にほとんど全ての所得階層で消費が増加しているということを明らかにしています。しかし、オレンジのバー、二回目の現金給付が届き始めた頃、七・八万ドルを超える高収入の家計はほとんど支出を変化させていません。同時に、雇用のデータを使って、二回目の現金給付が行われる頃には高所得世帯の雇用状況というのはV字回復していて、ほとんどCOVID―19の悪影響から脱出したということも示しています。この分析は、アメリカで行われた三回目の、この後行われた三回目の現金給付で、八万ドル以上の家計は支出対象外として所得制限を設ける根拠となったというふうに言われています。
このように、例えばCOVID―19のようなショックが、いつ、誰に、どのような影響をもたらしたのかということを詳細に分析し、次の打ち手に生かすデータ掛ける政策の動きが加速をしています。データが蓄積されれば、単なる所得によって支援を受けるかどうかの線引きをするだけではなく、雇用状況や家族構成にも配慮した必要な支援を届けることができるようになるでしょう。
子供や保護者のプライバシーに配慮して個人情報保護法を遵守しつつも、様々なデータの連携をすることで、子供に対する支援にもメリットがあります。
第一に、データによって複数の困難を抱える子供を特定して、必要な支援をプッシュ型で迅速に行うことができるようになるということです。申請手続が面倒くさいと、貧困世帯の成績優秀な高校生が大学に進学するための出願書類を出すことを諦めてしまうという有名な研究がありますから、このようなことが起きないよう、行政が国民側からの申請を待つのではなく、能動的に支援を届けるプッシュ型の支援というのは非常に重要です。
また、予防的な介入を行うことも重要です。例えば、母親のストレスホルモンであるコルチゾールの上昇にさらされた胎児は、生まれた後の健康や学歴に悪影響があるということを示した研究があります。学歴の低い母親ほど妊娠中のコルチゾールのレベルが高く、貧困の世代間連鎖に影響している可能性があります。子供が生まれてからではなく、生まれる前から、貧困状態にある母親への支援を行うことの重要性が示唆されます。
多くの研究が、予防的な介入は、問題が生じた後の政策介入よりも効果が大きく、コストが小さいことを示しています。加えて、虐待、自殺など、放置すれば生命の危険に及ぶ異変を速やかに察知し、介入を行うことも重要でしょう。
我が国でこうした動きを加速するため、私自身も非常勤でデジタルエデュケーション統括として関わるデジタル庁では、子供に関する各種データの連携による支援実証事業において、個人情報保護条例を遵守した上で、自治体とともに保健、教育、福祉などの所管を超えたデータ連携の実証事業を開始します。令和五年度以降は、創設が予定されるこども家庭庁の司令塔機能の下で、ニーズに応じたプッシュ型の支援につなげていきます。
人への投資をより効果的にするため、データを活用した効果的な政策を実施していただきたいというふうに思います。
最後に、一つ強調したいことがあります。六ページの方を御覧ください。
こちらは、先ほど、教育需要を喚起するために再分配政策は費用対効果に優れないということを申し上げましたが、一方で、教育の質を高める供給サイドへの投資は費用対効果に優れていることを示す研究は多くあります。
これについて、我が国では、教育の質の担保を目的として、例えば保育所設置認可に代表されるような事前の規制というものが非常に重視されてきました。設置認可においては、施設の面積や保育士の数などが細かく規定され、それを満たしていないと設置が認可されません。しかし、一旦認可を受けると、その後の事後的な評価というのはほとんど行われません。その結果、育ち盛りの園児にスプーン一杯しか御飯を与えなかったという認定こども園に批判が集まったことは記憶に新しいところです。
どう考えても、入口の規制よりも出口における質保証に力を注ぐべきです。これは、幼児教育のみならず、我が国の全ての教育段階で同じことが言えると思いますが、ここでは具体的に幼児教育のデータを用いて説明します。
当然、自治体において保育の質を高める取組は様々に行われていますが、その一つである第三者評価の結果を見てみると、ほぼ横並びという結果になっているものが少なくありません。
この六ページの一番上の図表を御覧ください。
これは、関東のある自治体の全認可保育所の第三者評価の結果ですが、ほとんど保育所間の差は見られないという結果になっています。本当に保育の質に差はないのでしょうか。
下の左側の図を御覧ください。
これは、私たちの研究グループが、全く同じ自治体で全く同じ年に発達心理学分野で開発された保育環境評価スケールという指標を用いて、トレーニングを受けた調査員が保育所の観察調査の中で約四百五十程度の項目を評価した指標です。これを見ると、保育所によってかなり大きなばらつきがあるということが分かります。
そして、下の右の方の図を御覧ください。
これは、関東の別の自治体で三年にわたって認可保育所の保育の質の評価を行ったものです。そうすると、保育所間はもちろんのこと、年によってもばらつきがあるということが分かります。同じ自治体から認可を受けた保育所で同じ保育料が設定されているにもかかわらず、保育所によって質に差があるばかりか、入園した年によっても差があるという状況になってしまっているのです。
アメリカやイギリス、ニュージーランドでは、私たちがここで用いたような学術的に妥当な指標に基づいて幼児教育の質をモニタリングする政府機関があり、全国規模で幼児教育の質を向上させる取組を行っています。我が国においても同様の取組を行うことが急がれます。
経済学では、二〇〇〇年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマンらの研究業績を中心に、質の高い幼児教育が子供たちの将来の成果にプラスの影響を及ぼすことを明らかにした研究もあります。一方で、カナダのケベック州で実施された保育料の大幅な値下げの後、子供たちの発達や学力、行動に悪影響があったということを示す研究もあります。
教育、特に幼児教育は、その質が高かった場合、プラスの効果が長期にわたって持続すると言えますが、逆に質が低かった場合、そのマイナスの効果も長期にわたって持続をします。この意味においては、私たちが人への投資の効果を高めるために何よりも注力すべきは教育の質の向上だというふうに思います。
七ページ目は、本日のまとめになります。
御清聴どうもありがとうございました。
○公述人(森信茂樹君) 皆さん、おはようございます。東京財団政策研究所の森信でございます。
私からは、我が国の経済財政の課題として、経済の現状認識、必要な政策、財政に関する見方の三点をお話しさせていただきたいと思います。
最初に、我が国経済の現状認識です。
図の三ページをお開きいただきたいんですが、この三ページの図は、総務省の家計調査、二人以上世帯で、我が国の所得と資産の分布の変化をアベノミクス期以前とアベノミクス期に分けて比較したものです。
これを見ますと、黒塗りのアベノミクス期には、四百万円から七百万円の収入階級の分布が、これ減少しております。一方、七百万円超と三百万円以下の収入階級が増加しており、中間層が二極化したことが明確に見て取れます。
それから、次の四ページの図ですが、これは貯蓄残高、資産の変化で、これを見ましても中間層の割合が減少し、右と左に二極化していることが見て取れます。さらに、オレンジ色の部分ですが、これはコロナ禍の時期です。これは、二極化の動きが加速しているというふうに考えております。
以上のことは、これは私の認識ですが、アベノミクスの描いたトリクルダウンというストーリー、つまり、政府が円安や金融緩和により大企業の業績を改善させれば、その成果が市場メカニズムに沿って中小企業や国民全体に及んでいくということが生じなかったことを示していると言えましょう。民間や市場メカニズムに任せただけでは国民全体の格差は是正できないということでもあります。
一方で、安倍政権は八年に及ぶ長期政権となり、若い世代を中心として国民の支持率もそれなりに高いものがありました。アベノミクスによるトリクルダウンが機能せず、中間層の二極化が生じたにもかかわらず長期政権となったことには、それなりの理由があったと考えております。
それは、アベノミクスの持つもう一つの側面で、私が意図せざるリベラル策と呼んでいるものでございます。安倍政権は、二度延期しながらも消費税率を八%、一〇%と引き上げ、十数兆円の財源を活用して、子ども・子育て支援や幼児教育の無償化、待機児童解消などを進め、高齢者に偏っていた社会保障を全世代型に切り替えました。
大和総研の研究成果で、三十代四人世帯の実質可処分所得が、二〇一九年から施行された幼児教育無償化の恩恵が二度の増税による可処分所得の減少を上回り、増加したという分析があります。
このような社会保障の政策転換が子育て世帯を中心として安倍政権への評価につながったというふうに考えておりまして、それが長期政権を続けることができた原因であったというふうにも捉えております。
以上から言えることですが、トリクルダウン、つまり、企業行動や市場メカニズムに任せただけの分配の効果は低いということ、一方で、国家が自らの権能である税制や社会保障を見直す再分配を行っていくことが重要だということです。
我が国経済がいまだデフレ脱却できずにもがいている最大の原因は、個人消費の低迷にあります。国民の間には医療、年金、介護、子ども・子育てなどに対する将来不安が根強く残っており、これが消費者の財布のひもを締めさせ、勤労世代が安心して子供を産まず、少子化につながっています。
この国民の不安を解消するには、信頼のできる社会保障の将来像を示すことだと考えています。賃上げを促進しても、不安がある限り分配と成長の好循環はできないと考えます。先ほどのアベノミクスの事例は、国民は、増税や社会保障負担の増加により国民負担が高まったとしても、それが自分たちに還元され、将来不安やリスクを軽減すると実感すれば負担増を受け入れる素地を持っているということを示しているのではないでしょうか。
次は、国民の安心を高める具体的なセーフネットについてお話をしたいと思います。
コロナ禍を機に政府部内でデジタルガバメントに向けた対応が進められています。しかし、デジタルガバメントというのは、行政サービスを効率的、効果的に進めるための手段にすぎません。二〇一六年一月から始まったマイナンバー、この制度の目的は、公平な課税、つまり正確な所得把握とそれを基にした効果的、効率的な社会保障制度の構築、この二つです。この原点に立ち返って、マイナンバー制度を活用したデジタル時代のセーフティーネット、つまりデジタルセーフティーネットを構築することが国民の不安の解消につながると考えております。
働き方改革やコロナ改革で、ネット上のプラットフォームを介して単発の契約で労務やスキルを提供して所得を得るギグワーカーが増加し、ギグエコノミーが広がっています。これは、新たなライフスタイルとして期待される一方で、ギグワーカーなどフリーランスの所得は一般的に不安定です。また、オンライン飲食配達代行サービスの配達人などは、プラットフォーム企業から業務内容について指示を受けるなど労働者と同じ働きをしているにもかかわらず、個人事業者となるので、様々なセーフティーネットから抜け落ちてしまいます。さらに、彼らの収入の管理、記帳は十分でなく、例えば持続化給付金の申請に手間取るなどの問題が生じています。
彼らのセーフティーネットを考えるには、まず収入を正確に把握することが大前提になります。そのためには、業務の発注主や契約を仲介するプラットフォーム企業から労務を提供する者のマイナポータルに収入情報の提供をさせることが必要です。マイナポータルは、e―Taxや社会保障と連携しているので、個人事業者が各種給付金の申請や正確な給付に役立てることが可能になります。
このことを示したのが十一ページの図でございます。
ちょっと十一ページは見にくい図かもしれませんが、真ん中にこの国民全員が保有するマイナポータルが書いてあります。ぴったりサービスとかお知らせとか書いてあります。これは国民の一人一人に設置されているものです。左側に民間のいろんな企業があります。本人の同意に基づき、様々な情報をこの民間の企業から今情報を入手することが可能になっています。この仕組みに、一番左の下に書いてあるんですが、プラットフォーマー、プラットフォーム企業から、そこで働くギグワーカーの収入情報を提供、連動させるようにすれば、このギグワーカーたちの、あるいはフリーランスの税務申告や社会保障の早期受取につながっていくと思います。
さらには、このようなシステムを構築すれば、広く欧米で導入されている給付付き税額控除制度も可能になります。この制度は、税と社会保障を連動させることにより、低所得の勤労者に減税や給付が与えられるもので、労働インセンティブを供与したり、フリーランスの不安定な収入の安定化につながります。
英国では、あらゆる社会保障給付と税負担が一体的に捉えられ、勤労に応じて給付が増加するユニバーサルクレジット制度があり、職業訓練、人的資本の向上策と組み合わされて、人的資本の向上に役に立っております。類似の制度はオランダ、スウェーデンなどの北欧、欧州諸国や韓国にも存在し、低所得者のセーフティーネットになり、またコロナ給付金の早期給付にもつながっております。
是非、我が国でも、デジタルを活用して収入や所得をリアルタイムで把握しつつ、必要な給付に結び付ける制度を検討していただきたいと思っております。国民の将来不安を軽減する大変有効な経済制裁というふうに言えましょう。
三番目に、MMTについて申し上げたいと思います。最後に、このMMT、つまり現代貨幣論について私の考え方を述べたいと思います。
MMTは三つのパートに分かれます。第一は、政府と中央銀行の勘定を一体とみなし、財政赤字拡大に伴う国債の増発分は、それに見合う国民の資産増加となるので、公的債務の増加は将来世代の負担にはならないという考え方です。第二に、したがって、自国通貨を発行する権限のある政府は、中央銀行が財政赤字分の国債を買い続けることによって、国民負担なく財政支出が可能になるとし、経済に需給ギャップがある限り、これを埋め合わせる財政出動を行うべきだとしております。第三に、積極財政の歯止めはインフレ懸念で、インフレ率が上昇し始めたら増税や歳出削減によって対応する、そのルールをあらかじめ決めておけばいいとしています。
金融政策が機能不全になり、デフレ脱却にもがく我が国の現状に対して、財政赤字を気にすることなく、コロナ対応も含めた経済政策の実行を主張する論者や政治家の方々の主張を正当化する文脈で用いられています。
筆者はこのような考え方に対して、インフレ、ワイズスペンディング、国家の信任という三つの観点から疑問を呈しております。
第一点目は、インフレの問題で最大の課題です。我が国財政については財政破綻の危機が言われますが、財政破綻というのはどのような形で発生するのか、定説があるわけではありません。また、日銀が財政赤字をファイナンスをしている状況下では、直ちに財政破綻が生じる可能性は高くないと言えましょう。むしろ、懸念すべき問題は、国の目指す二%をはるかに超えるインフレの発生です。
インフレは、耐えられる富裕層と耐えられない貧困層との格差を拡大し、社会に大きな亀裂を招きます。MMT論者も、財政拡大策の唯一の歯止めはインフレとして、インフレ率が上昇し始めたら増税や歳出削減により対応する必要がある、あるいはそのための具体策をあらかじめ決めておけばいいとしています。
しかし、あらかじめインフレ懸念が出始めれば財政拡大をやめ、緊縮に向かうということを法律で決めることが現実的でしょうか。事前に決める増税は所得税なのか、消費税なのか、あるいは新税なのか、歳出削減は社会保障か、公共事業か、どの程度の規模なのか、これらの事項を我が国の国会であらかじめ議論し、立法化できるでしょうか。
安倍元首相は、消費税一〇%の引上げの時期をめぐり、法律で実施時期が決まっているにもかかわらず、二度も延期をしております。
また、インフレ懸念が生じたら増税や歳出削減をという主張は、タイムラグを考慮しておりません。
筆者が経験した例ですが、我が国が土地バブル対策として導入した地価税が挙げられます。
高騰する土地価格が社会問題化し、対策の必要性が議論され始めたのが一九八九年で、地価税の導入は九二年、この間、三年が経過しております。導入された九二年には、既にバブルが崩壊し地価は下がり始めており、地価税の対象となる百貨店やホテルなどの経営を更に苦しめる結果となりました。インフレ懸念が生ずれば増税、歳出削減で機動的に対応すればいいというMMT論者の主張は、実現性が低いと思います。
次に、ワイズスペンディングからの問題です。
需給ギャップがある限り、それを埋め合わせる財政追加をすべきということになれば、ワイズスペンディング機能は機能せず、果てしない無駄な政府支出や政府投資が行われ、それが更に経済の停滞の長期化につながるという問題です。
一つだけ例を申し上げますと、投資されたが有効活用されず、維持費だけがかさむ、国の資産価値が、これは資産価値が毀損しているというふうに見ることができまして、したがって、国民の借金は国民の資産だというふうには言えないというふうに私は思います。
最後に、国家、通貨の信認の問題があります。
際限なく国債発行を続ければ、国家に対する信用は落ち、通貨への信頼、信認も消え、国債の買手がいなくなります。国内でファイナンスできるから大丈夫というこのMMTの大前提は崩れてしまいます。二〇二五年には、団塊世代が全て後期高齢者になり、国債を国内の貯蓄でファイナンスする力が大きく衰えてくることも念頭に置く必要があります。財政をめぐる新しい見解としてのMMTは、様々な課題や疑問を抱えています。
一方、米国では、潜在GDPを超える膨大な財政支出やエネルギー価格の上昇などから、急速な物価上昇が生じており、欧州でもインフレの兆候が見え始めています。
このように見てくると、今必要な経済政策は、インフレにつながるような財政運営を避けつつ、併せて国民に受益と負担のリンケージあるいは選択肢を含めた社会保障の将来像を示しつつ、国民の将来不安を軽減させることではないでしょうか。
以上でございます。
○大門実紀史君 日本共産党の大門です。
公述人の皆さん、お忙しい中ありがとうございます。
まず、中室公述人に伺います。お話、大変参考になりました。問題意識、一致する点も多々ございます。一点、人への投資と経済の関係についてお聞きしたいというふうに思います。
今、世界でも日本でも経済格差が問題になっております。貧困の拡大、問題になっております。その経済格差は経済成長を阻害するという考え方も多く今指摘されるようになってきております。
二つのメカニズムがあるのではないかと思うんですけれど、格差が広がる、貧困層が拡大すると需要が低迷すると、で、経済成長を阻害するというのが一つ言われております。
中室公述人のお話との関係でいえば、もう一つのメカニズムが言われているんですけど、OECDが二〇一四年の十二月ですかね、私大変注目したんですけれども、発表しておりますが、貧困層が拡大をすると、まさに公述人のお話のように、子供の教育の機会が、貧困層の方々の教育、子供の教育の機会が奪われて、それが教育への投資不足ということになって、将来の日本の技術開発とかいろんなことを阻害して、中長期的に見れば、格差の拡大が貧困層を拡大して経済も阻害するという考えがございます。
私はこちらのことを大変注目をして、いろんな本を読ませてもらって、中室公述人の本も幾つか読ませてもらったんですけれど、つまり、人への投資と経済成長の関係ですね、ちょっと大きな話かも分かりませんが、今日、資料の中に一部ちょっとあるんですけれど、その辺のところをもう少しお聞かせいただきたいと思います。
○公述人(中室牧子君) ありがとうございます。
非常に重要な御指摘かと思います。
確かに、御承知のとおり、経済学の研究の中には、格差が拡大すると経済成長にマイナスの影響があるということを示した実証研究は少なくなく存在しております。
その理由の一つは、今まさに御指摘がありましたとおり、その貧困の世代間連鎖ですよね、親の経済状況が良くないということが子供の教育に対する投資不足につながって、子供の学力や学歴がまた低くなってしまって収入が得られないという、そういう貧困の世代間連鎖が起こっていくと。そうすると、社会階層が固定化されてしまって、低い方の層の人たちは、頑張っても駄目なんだというふうになって、それがそのイノベーションだったりとか成長する意欲を落としていって国全体に影響するという、そういうようなメカニズムが指摘されているのかと思います。
ですので、この貧困の世代間連鎖というのはやはり断ち切っていくべきものというふうに考えております。一時的に所得が低くなったり状況が悪くなったりするということはあるんですけれども、それをやはり努力によって改善していけるんだという希望を誰もが持つということはとても大事なことだというふうに思います。
そうすると、この貧困の世代間連鎖がなぜ起こるのかということが非常に重要なんですが、今日の資料の中で御紹介したラージ・チェティという、いずれノーベル賞を取るだろうと言われているスーパースター研究者がいますが、彼がそのオポチュニティーインサイトのデータで、先ほどもまた話題に出た税のデータですね、課税のデータというものを親子でつないで、親の所得を子供が上回る、そういうときがいつ来るのか、どういう場所でどんな状況で来るのかということを調べています。
そうすると、それを全米の地図に表してみると、明らかに貧困の世代間連鎖が起きている。すなわち、子供の所得が親の所得を決して上回らない地域と、そうではなくて、子供の所得が親の所得を上回っていく地域が明らかに分かれているということが分かったんですね。それが、先ほど山下先生が御指摘になったムービング・ツー・オポチュニティーといって、バウチャーを与えて、その貧困の世代間連鎖が固定化している地域からそうじゃない地域に引っ越しをさせるという研究につながっていくというわけなんです。
この背景には、ラージ・チェティが、ネイバリングエフェクトといって、やはり周囲の人たちからかなり影響を受けているというようなことを指摘しているということがあります。周りの人が全部大卒だと、やはり自分も大学に行くんだというふうに思いますが、周りの人がそうでないと、自分にもそういうチャンスはないというふうに思ってしまう、そうしたモビリティーの低さというのが問題だというわけですね。
ですので、やはりモビリティーというのは、その意味においてはキーワードの一つになるであろうというふうに私は考えております。
○大門実紀史君 どうもありがとうございました。
森信公述人に伺います。
私、ふだん財政金融委員会でございますので、税制の議論をやっているときに森信先生の論文とかよく引用させていただいております。大変お世話になっております。
MMTなんですけど、先ほどございました自民党の権威の方も財政金融委員会におられまして、大変刺激を受けているわけでございますが、懇意にもしておりますので、今日ここにいらっしゃらないので、別に肩を持つわけではないんですけれど、少し私の意見を述べさせていただいて、森信公述人の感想を聞きたいと思いますが。
森信公述人の三つの視点の懸念ですね、これはもう私もそのとおりだと思いまして、どうやってインフレを防ぐのかと聞いてみたら、増税するんだと、増税なんてすぐできるのかというようなことがあって、ちょっと荒唐無稽な部分あることはあるとは思うんですけれど、ただ、これまで、もう二十年、三十年、財務省が国の財政は大変だ大変だと言って、我慢しろ我慢しろと、増税をのめと、社会保障の切下げも仕方がないんだという、何といいますか、脅しのような、森信さん、財務省出身の森信さんに言うのもなんなんですけど、そういう、何といいますか、もう緊縮緊縮で人々の心まで緊縮させるような、さも大変だと、オオカミ少年的に、何か家計と一緒にしたりですね、むちゃくちゃな資料を出して、ずっとやってきたんですよね。
それに対して、やっぱり人々の気持ちも緊縮で冷え込んでいくようなことがあって、そういう点で、何といいますか、この積極財政論、そういう財務省の考えに対する対抗軸としての積極財政論というのは、私はやっぱり重要な点があると、ここまでやってきてですよ。ここまで日本経済停滞して、需要が冷え込んで、やっぱりそういう点はあると思っておりまして、先ほどもちょっとありましたけど、これを全面的に活用するというか、全面的展開というのはちょっと幾ら何でもと思いますが、一定、やっぱりその積極財政論の中では思い切った経済対策、今のコロナのように人々が目の前でもう大変な事態になっているというときは、借金があるからとか財政が大変だからとかじゃなくて、やっぱり思い切って人々に支援の手を差し伸べると、それが財政必要だという場合は、そういう場合の国債の発行というのはいろいろあり得ると思うんですよね。
だから、このMMTの考え方を全部というわけにいきませんが、財務省に比べたらまともですから、こちらの方がね、もう少しこの考え方を使って、財政支出のときですね。私は、例えばコロナのもっともっと財政支出必要だと思うんですね、ウクライナの状況も含めてね。やっぱり国債発行するとすると、その国債は、通常の国債の償還だとやっぱりインフレ懸念とかいろいろ起きますので、特別会計にして特別の償還考えるとか、そういういろんな考え方に、こちらが頭を柔軟にして、取り入れていくといいますか、そういうこともあり得るんじゃないかというふうに、多分ここにあの自民党の権威の方がいたらもっと厳しいこと言うと思いますが、最低限そこぐらいは参考にしてもいいんじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。
○公述人(森信茂樹君) お答え申し上げます。
大変厳しい御指摘だと思いますけど、でも、今委員のおっしゃった中に私非常に感銘したことがあるんですけれど、コロナでたくさん対策、毎年七十兆ぐらい二年間出していますから、百数十兆出しているわけですね。それを、今おっしゃいましたように、特別会計をつくって償還も考えてきちっと手当てするという、これ私は一番重要なことではないかとまず思うんですね、財政再建とかなんとかという以外の話で。
まさに、あの東日本大震災のときには、震災のまだ復興の中で、そういう二十年に、三十年にわたって償還財源を手当てして、何とか特別、歳出はきちっと必要なものは全部出すけれど、その将来にわたって、まあ三十年にわたって、その出した分は付加税、所得税の付加税とか住民税の付加税とか法人税の付加税とかという形できちっと返していこうじゃないかということがなされたわけですね。
私は、だからコロナの対策も、大盤振る舞いをするのは、人の命というほかにもう代え難いものですから、それはやむを得ないと思うんですね。したがって、それをやはり野放しにするのではなくてきちっと閉じ込めるというのは大変な重要な御示唆だというふうに思いました。ありがとうございます。
○大門実紀史君 ありがとうございます。そういうふうに考えなきゃいけないということも思います。
森信公述人のいろんなレポートとか参考にしてもらう一つで、富裕層への課税問題、様々言及されておりますのでよく参考にさせていただいておりますけれど、例の、先ほども言われた一億円の壁ですね、金融所得課税の問題ですけど、これ、二〇〇七年から私ここで取り上げさせてもらっているんですけれど、政府の方が、あるいは金融庁が言っていることなんでしょうか、一般の投資家に影響を与えることが懸念されるとか留意しなきゃいけないとか言うんですけど、そんなことは誰も提案していないわけでありまして、大体あれなんですね、この提案というのは、森信先生と同じなんですけど、超富裕層とか大株主とかの優遇をどうするかという話でそもそも始まっているんで、みんなに一五%、何%にするとか、そういう提案しているわけじゃないんですよね。
先ほども少し言及されたんで、私どもがずっと提案しているのは、大体、今貯蓄しても利息付かないし、ゼロ金利だし、将来不安があるから、サラリーマンの若い人だって何か増やしたいというんで株に投資される方もいるわけですよね。そんな方に増税しようなんて誰も思っていないわけですよね。
例えば、我が党提案してきているのは、譲渡所得の高額の部分だけ、高額になる部分だけ欧米並みの三〇%を掛けるとか、あるいは株式配当は少額を除いて総合課税にするとか、当然、少額投資の非課税制度、NISAとかですね、あの層が増税にならないような、そういう制度設計をすれば別に反対する人はもうほとんどいなくてと思うんですけれど、提案の仕方なんでしょうか、なかなか、与党税調ではかなり議論はされているみたいなんですが、決断がいかないと、これはそうなのかと思いますが、もう少しそういう提案をクリアにしていけばいいのかなと思いますが、森信公述人の御意見を聞きたいと思います。
○公述人(森信茂樹君) お答え申し上げます。
私も今の委員のおっしゃいましたことに基本的に違和感がありません。まさにあれは一律金融所得税率を上げるということでは全くないと思いますし、それは本当に、先ほど言いましたけど、中低所得者の勤労所得よりも高くなってしまう、今もう既に高いんですね、あの一五%というのは。それを更に上げるというようなことは税としては考えられないと思います。
問題は、これが十分議論されずに、いや、何か株式市場に影響を与えそうだということで終わってしまったところにちょっと問題があるんじゃないかと思いますので、今年は是非もうちょっと具体案に基づいて、今おっしゃいましたNISAの拡充みたいなものも含めて、日本の資本市場はしっかり守るんだと、だけど所得格差についてはきちっと対応するんだというようなことで議論をすべきだというふうに思っております。
○大門実紀史君 じゃ、最後一点だけ、富裕税というのが議論になってきておりますけれど、前は海外に資産逃げるとかありましたが、今、世界で包囲網が狭まっている中で、アメリカでもちょっと踏み出したことありますが、富裕税、つまり資産に掛ける方ですけど、今後の実現可能性、一言いただければ思います。
○公述人(森信茂樹君) お答え申し上げます。
中長期的には富裕税というのは考え得るものだと思います。今おっしゃいましたように、まさにOECDで自動的情報交換が始まっておりますから、外に逃げるという懸念が大分なくなったということは非常に税制にとっては大きな話だと思います。
ただ、まだそれよりもまずやっぱりやるべきことは、金融所得課税の見直しが先ではないかということだと思います。
以上です。
○大門実紀史君 ありがとうございました。